和田英作画伯は明治7年垂水市田神で和田季豊の長男として生まれる。母親は垂水島津家筆頭家老町田家の娘で夫季豊はキリスト教に入信した。季豊は西南戦争も拒否、垂水にいずらくなったため妻子を桜島に移し自分は東京にでて宗教家となった。英作画伯は東京美術学校卒業後パリに留学、帰国後母校の教授、のちに校長に任ぜられ美術院会員,帝室技芸院を仰せつかる。「海辺の早春」「渡頭の夕暮れ」「富士」「バラ」などがある。静岡県の三保にアトリエを構え85歳の生涯を閉じた。
3年程前黎明館であった和田英作展を見た。作品の中に書かれている老婦人は昔垂水で身近にいたような、懐かしさがあった。あとで聞いたところによるとモデルはお母さんだという。垂水には和田家の親戚は何軒かある。弟の香苗さんはよく帰郷されたそうです。島津墓地近くにはまだ和田家の墓石が残っている。
垂水市で開催される和田英作・和田香苗記念絵画コンクールについて