水之上牧集落に伝わる「仏あがい」

 8月27日夜20:00頃、水之上牧集落に伝わる「ぶっあがい」にお誘いをいただき参加した。27日の午前中に行われた市民講座に参加していた牧集落のKさんが「今夜、牧ではこんな行事があるんですが御存じですか?」といわれ垂水史料に載っているのは記憶しているが実際には見た事はなかった。「いきます!!」と即答、早々に夕食を済ませ息子一家と参加しました。

 本城川牧橋の上真っ暗な一帯にそこだけ提灯やライトで照らされ、車を降りて近づくと今年初盆を迎えた3家族を中心に5,60人がにぎやかに集う光景があった。

 初盆を迎えた家族の為本城川の砂を固め墓石の形を作り、そこに家族や親せきが集い線香を手向けお盆に帰ってきたであろう御先祖様の無事に黄泉の国へ帰りつかれたであろうと供養するのだそうです。

 仏教の考えでは旧暦のお盆8月7日、七夕の日に御先祖様はあの世を出発し、一週間かけ8月13日の夕刻に我が家に帰ってきてお盆の14,15日を家族と共にすごし、16日早朝あの世へ出発、22日は「おそろさあ、もどいちっ」といい御先祖様があの世に帰りついたとする。さらに2週間後の8月27日、集落内で「ぶっあがい」という集落全体で供養するのだそうです。

 資料では盛砂をしてそこに線香を供えるとあるが10年程前から左官業を営む渕之上さんが一軒,一軒丁寧に墓の形に砂で作って下さるのだとか、今回は3軒分、砂で墓の形が作ってあった。後継者が都会にいて供養出来ない家庭は振興会で準備して供養するのだそうです。

 川添睦子さんの御主人の家族は四世代が一同に揃い,亡きおじいちゃんの霊に線香を手向けていました。

 現在、この地域と中俣が行っているという。